ものと心−1
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昨年、親を看取るという経験をしました。
誰にでもいつかは訪れる、
大切な人との永遠の別れ。
しばらくは無常感にとらわれて、
すべてが虚しく感じられた日々。

・・・どんなにたくさんのお金やものを持っていても、あの世に持って行くことはできない。
 心の平安を得るには、限りない欲望を捨て去ること・・・。
などと仏教的な観念に浸ることが多かった一年でした。

とはいえ現実の私は、
新しい洋服を買ったり、
美味しいものを食べに行ったりしていたのですがね・・・。
悲しいかな、私は今ちゃんと生きていて、こちら側の存在なのです。
あちら側に思いを寄せてはみるものの、お腹が減れば食事をし、
寒くなればセーターを着る。
生きて行くのに絶対必要なものなんてほんの少しでいいはずなのに、
新しいバッグやらソファやら車やら家やら・・・、豊かな国に溢れるものたち。

物欲、ブツヨク・・・、よくよく考えてみると、
私たちはその”もの”が欲しい訳ではないことに思い至ります。
ものを所有することによって得られる感情、
満足感だったり優越感だったり安心感だったり・・・。
そいうった感情を体験することが目的なのではないでしょうか。
ものは、その感情を持たせる役割を終えると捨てられる運命にある。
ものを媒介とせずに、得たい感情を得られるようになれば、
人間の限りない欲望によって引き起こされる環境破壊も
少しは軽減されるのかもしれません。
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by hira-tama | 2008-01-16 14:26


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